経営コラム

部下との信頼を築くための、バランスシート思考法

“世に立ち、大いに活動せんとする人は、

  資本を造るよりも、まず信用の厚い人たるべく

心掛けなくてはならない。”

─ 渋沢栄一

リーダーにとって必須の力「信頼」

少し前、アインシュタインが100年前に予言した
「重力波」が発見(観測)され、世の中を大きく賑わしました。

この発見の、何がすごいのかと言えば、

「アインシュタインという“1人の人間”が言ったことを、
100年間もの間、世界中の科学者が信じて行動(研究)し続けた」

ということです。

なぜ、科学者たちは、
彼の言葉を信じ続けることができたのでしょうか?

そこから見えてくるのは「信頼」というキーワードです。

「信頼」には、大きな力があります。

それは、自分が伝える内容に基いて、
人を行動に導く力です。

こういったものは、どんな業種・業界であれ
「リーダー」には必須の力となります。

バランスシート思考法で部下と信頼を築く

それでは、その「信頼」は、
どのようにつくられるのでしょうか?

今回は「信頼」の中でも特に、
「部下からの信頼」を集めるためにはどうすれば良いのかを
皆さんと一緒に考えていきます。

この後で紹介する「バランスシート思考法」が、
信頼を獲得する際の一助となれば幸いです。

【バランスシート思考法の3ステップ】
 1. なぜ、部下からの信頼が大切なのか?
2. 信頼のバランスシート
3. やってしまいがちな2つのNG行動

【1】 なぜ、部下からの信頼が大切なのか?

信頼が「ある場合」と「ない場合」では、
例えリーダーが同じことをやったとしても、
部下の受け取り方や反応が、全く違ってしまいます。

具体的に、どのように違うのかを
まずは4つの切り口から見ていきましょう。

【4つの切り口】
[ a ] チーム内の情報
[ b ] チームに働く力
[ c ] 部下が話す言葉
[ d ] 部下に届く言葉

【部下からの信頼が “ ない ” 場合】

[ a ] チーム内の情報
信頼がないところには、情報が集まってきません。

なぜなら、部下が「上司に報告する」ことを
避けるようになるからです。

この後で詳しく説明していきますが、
上司が部下からの「信頼を失っている」場合、
部下は繰り返し、以下のような経験をしている可能性が高いです。

報告した結果・・・

・的外れなフィードバックが長々と返ってくる
・報告内容に関して詰められる/責められる
・報告しても、しなくても結果が変わらない

こうした結果が続くと、情報が集まって来ないばかりか、
メンバーは上司にとって不都合なこと、機嫌を損ねるような情報を
「隠す」ことに腐心するようになります。

多くの場合、「良い報告」である場合のみ、
上司は何も言わず、報告を受けとるからです。

結果として、上司の耳に届くのは
耳障りの良い情報ばかりとなっていきます。

それゆえ「気付いたときには手遅れ」という
「致命的なミス」が、しばしば発生するようになるのです。

[ b ] チームに働く力
上司とチームメンバーとの間に
「反発力」が常に働きます。

チームは上司と対立し、
あなたが意見を発するごとに、メンバーは身構えるでしょう。

チームが自律的に動くことは減っていき、
「罰」をもってのマネジメントしか通じなくなっていきます。

メンバーの士気は下がり、暗い雰囲気が漂いやすくなります。

[ c ] 部下が話す言葉
部下が本音を話してくれなくなります。

本音がわからなければ、適切な指示を与えることができず、
成果へと導くことが難しくなっていきます。

メンタル面のケアや、モチベーションの管理もまた、
困難になっていくでしょう。

[ d ] 部下に届く言葉
褒める言葉も、叱る言葉も、指示の言葉も、
全てを受け取ってもらえなくなります。

信頼していない人からの言葉は、
どんな言葉も届きません。

どんな言葉を贈っても、
以下のようにネガティブな反応を引き出してしまいます。

・褒めた場合の典型的な反応
「あなたに褒められても、別に嬉しくない。」

・叱った場合の典型的な反応
「また言ってる。あなたに何が分かるんだ!」

・指示を出した場合の典型的な反応
「やっても、どうせうまくいかない。無視しよう。」

こういった状態では、正しいなコミュニケーションが取れません。
したがって、成果に繋がるアクションを引き出しづらくなります。

逆に、信頼がある場合には、
リーダーが同じ振る舞いをしていても
メンバーの反応は全く逆の状態になります。

【部下からの信頼が “ ある ” 場合】

[ a ] チーム内の情報
良い情報も、悪い情報も耳に入ってきます。

上司が部下からの「信頼を獲得している」場合、部下は繰り返し、
以下のような経験をしている可能性が高いからです。

報告した結果・・・

・課題の解決に向けた適切なフィードバックが返ってくる
・ミスを報告しても責められない・詰められない
・報告・相談をすれば、必ず物事が前に進む

こうした結果が続くと、
どんな情報でも素早く上司の耳に届くようになります。

致命的なミスも、早い段階で耳に入るので、
すばやい対処によって致命傷が避けられるようになるのです。

チームの雰囲気やムードも把握できるので、
自分の言葉を伝えやすくなります。

[ b ] チームに働く力
チームメンバーとの間に「引力」が常に働きます。

相談や報告というコミュニケーションも、
積極的なアクションも、
様々なものが上司の元に集まってきます。

チームメンバーが上司の言うことを実現するために、
知恵や能力を集めるようになるのです。

チームメンバーが一丸となって、
1つの目標に向かいやすくなります。

[ c ] 部下が話す言葉
部下が自然に本音を話してくれます。

お互いに言葉を深読みする必要がなくなるので
コミュニケーションの効率が上がります。

相手の状態を正しく把握して、
適切な指示を与えやすくなります。

[ d ] 部下に届く言葉
褒めても、叱っても、指示をしても、
良い方に解釈をして、受け取ってもらえます。

どんな言葉を贈っても、
以下のようにポジティブな反応を引き出すのです。

・褒めた場合の典型的な反応
「そんなところまで見ていてくれたんだ!嬉しい!」

・叱った場合の典型的な反応
「自分のことを思って厳しい言葉をかけてくれたんだ。ありがたい。」

・指示を出した場合の典型的な反応
「この指示にも、きっと意味と目的があるはずだ!きちんとやろう。」

こういった状態だと、行動のPDCAのスピードが上がり、
成果に繋がるアクションを引き出しやすくなります。

信頼関係は良いチームの基本

信頼がある状態では、優しさも厳しさも、
メンバーに、きっちりと受け取ってもらうことができます。

そして、お互いがお互いに「貢献」しあって、
1つの目標を目指すことができるのです。

逆に、信頼がない状態では、何をやっても裏目に出てしまい、
チームとしての活動が極めて難しくなります。

信頼はチームをつくる上での “ 全てのベース ” となります。

この「ベース」がないと、
マネジメント上のどんな活動も上手くいかないのです。

それでは、信頼はどのように築かれていくのでしょうか?

僕は次にご紹介する
「バランスシート」で考えるのが、理解しやすいと考えています。

【2】 信頼のバランスシート

信頼は「言ったこと」と「やったこと」の
バランスシートで決まる
と僕は考えています。

ただし、この「信頼のバランスシート」は、
会計のものとは違って、左右が以下のように分かれています。

▼このような図です
┏━━━━━┓
┃  ┃  ┃
┃ーー┃  ┃
┃  ┃  ┃
┗━━━━━┛

*右側(言ったこと)
・上司が言ったこと(宣言)
・部下への指示

*左上(やってないこと) = 負債
・上司が言った(宣言した)のに、上司がやっていないこと
・上司が言ったことを、部下がやってみて、効果がなかったこと
・上司が言ってないのに、部下がやってないと責められたこと

*左下(やったこと) = 資産
・上司が言って(宣言して)、上司がやったこと
・上司が言ったことを、部下がやってみて、効果があったこと
・上司が言ったことを、部下がやってみて、効果が「判断できない」こと

※厳密に考えていくとBSのように左右が一致します。

ただ、今回はそこまで詳しくはお伝えできないので
それぞれの要素の位置関係だけを捉えていってください。

***

この中の「やったこと」が信頼の元です。
全体に占める「言ったこと」の割合が「信頼」となります。

信頼 = 上図の右側(言ったこと) ÷ 上図の左下(やったこと)

「言ったこと」と「やったこと」は
常にワンセットで評価されるのです。

上司が自分で言ったことを実行できていないと、
それは「負債」として貯まっていきます。

上司が「やるべきだ!」と言ったことで、成果が出ないと、
それも「負債」として蓄積されていくのです。

そして、それぞれの逆が「資産」として貯まっていきます。

興味深いのは「効果がわからない」という項目です。

上司が指示したものを、部下がやってみたとき、
「効果があるか、まだ結論が出ない」という場合があります。

この場合は一旦、「資産」としてカウントされます。

この項目は、その後の対応によって、
「負債」にも「資産」にも変わる可能性があるもの。

例えば、以下のようなアクションをすると「負債」として確定します。

・改善の指示を出さずに詰める・責める
・成果が出る前に、部下の責任として叱る

逆を言えば、「部下と一緒に改善を続ける限り」は、
“それは負債にはカウントされない”のです。

このように考えていくと、
リーダーは「言ったこと」と「その結果」を
常に考えていく必要がある
ことに気づきます。

渋沢栄一さんも「言葉は禍福の元」という言葉を残しているように、
私たちは常に「言葉」と「行動」に責任を持たなければならないのです。

【3】 やってしまいがちな2つのNG行動

信頼をバランスシートで考えた場合、
その信頼を致命的に損なってしまう行動があります。

今回はその中でも特に、どんな人でもやってしまいがちな
2つのアクションをご紹介します。

[1]自分でも解決策が分からないのに、部下を責める

[2]指示していないのに、部下を責める

それぞれを詳しく見ていきます。

[1]自分でも解決策が分からないのに、部下を責める

「言ったこと」と「やったこと」がワンセットなように、
「批判」と「次のアクション」もセットで考えます。

何か意見を言うなら、
改善策を示せなければならないということです。

ですから「次はこうしよう」というアイデアが
上司の中に無いのであれば、部下を責めてはなりません。

「次はこうしよう」という「次の行動提案」のない叱責や批判は、
ただただ負債を貯めていきます。

そのような場合には「チーム全体で考える」という
アクションが、おすすめです。

チームで考え、次のアクション(仮説)を出す。
そして、現場で検証し、改良し続ける環境をつくれば、
それは常に、「資産」として一旦はカウントされます。

その環境を維持しつつ、
成果が出るまで改良を続ければいいのです。

リーダーの中には
「“自分が”解決策を出せなければ信頼してもらえない」と
考えている方も多いかと思います。

しかし実際には、チーム全体からアイデアを集め、
それを基に方針を決定していくリーダーの方が
より大きな信頼を集めるのです。

[2]指示していないのに、部下を責める

実行を指示していないアクションに対して
「何でやっていないんだ!」と責めることも負債を貯めていきます。

ここで重要なのが
「部下から見て、言われていないこと」は、
責めれば「負債となる」ということです。

だからこそ、上司は指示の与え方にも
工夫をしなければなりません。

・紙に書いて渡す
・メールで送り、読んだらレスポンスを返してもらう
・指示は「明確な行動」で与える

上記のような伝え方を試してみてください。

特に3番目の「明確な行動を伝える」ことは重要です。

指示を与えるときに、
以下のような指示を与えると、それは部下に伝わりません。

「お客さんとの関係性が深くなったらいいんだけどね~」

上司は、これで指示を与えたつもりでも、
部下は何をやればよいのかわからないのです。

指示を与えるときは「明確な行動」として
「だれが」「いつ」「何をするのか」を伝えるようにしましょう。

より信頼を深める3つの心得

バランスシートの考え方を常にアタマに浮かべていると、
自分の「言ったこと」と「やったこと」を意識するようになります。

その上で、次の3つのことを心がけると
信頼がより深まっていくでしょう。

1.言ったことは、やる
(自分の「小さな」言葉にも気をつける)

2.批判と次の行動は、常にワンセットで考える
(責める・詰めるのであれば、次の行動のアイデアも与える)

3.伝わっていないアクションは発生しないと心得る
(指示は常に「明確な行動」で伝える)

今月から、新しい部下が増えた方も多いのではないかと思います。
ぜひ、日々の仕事の中で実践してみてください

 

※この記事は、「Entre Magazine」のバックナンバーから抜粋しています。
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